1970年代中頃から、日産はバイオレットをラリーに使用していました。先代の710バイオレットに代わり1978年から投入されたのがこのPA10型です。バイオレットは海外でDATSUN 160Jと呼ばれ、当初は4気筒SOHC 185psのL20B型エンジン搭載のグループ2仕様で出場していました。

日本車らしい高い信頼性を誇った160Jは主にアフリカの耐久ラリーで活躍し、1978年のサファリデビューではラウノアルトーネンが終盤トップを快走したが、ゴール手前で転倒し惜しくも3位。この後1985年まで続く「勝てそうで勝てないアルトーネン」のサファリジンクスの始まりとなった。
翌年からWRCのタイトルを狙いに本格参戦した160Jは、’79 ’80サファリ2連覇を達成。WRCも’80リーズ2位を穫る事となる。

1981年からは、認可の降りた16VALVE DOHCヘッドのLZ20Bエンジンが搭載され、やっとグループ4仕様に進化し名前もVIOLET GTとなった。足回りの変更や外観もスポイラーが追加されたVIOLET GTは’81もシリーズ2位を獲得し、サファリではSメッタにより’81 ’82も優勝。
これでSメッタはバイオレットで’79〜’82まで前人未到の4連覇という偉業を達成する事になりました。

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MINIRACING 1/43

1981 Safari Rally Sメッタ

トリコロールのワークスカラー

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MINIRACING 1/43

1982 Safari Rally Sメッタ

実車と異なる部分が気になって、後に自分で作り直し。

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CM's 1/64

1981 Cote d'lvoire Tサロネン

コートジボワールは、バンダマ ラリーとも呼ばれてたっけ?
当時の日産にとって、もう一つの得意ラリーでした。

日本のメーカで、バイオレットのミニカーは貴重!

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